翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: コレクション3

養生法 - 翻刻

養生法 - ページ 53

ページ: 53

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【右丁】 奉りしより続て漢家【注①】の法の伝り来て後は和気丹波 の両氏此みちのはかせと成もてきて白河のみかとの頃 丹波雅忠を我国の扁鵲【注②】といはれて名高かりけれは 高麗の王病の重きによりてはる〳〵雅忠の治療を 請れしに群臣衆議して匡房卿に仰せて返牒【注➂】かゝ せてつひにやらす成にしとか語りつたへたるかく医術の 漸々盛になりしもみな漢家のつたへのみにてたま〳〵 このくにゝしるしある薬術も捨るか如く成行ぬるそ うれたき事になんさるを此ころ西洋の医術ひらけきて 漢家の医術に異なる伝へも多く人身究理の説なと 【左丁】 よりしてすへて薬術共にあらたまりたるか如し水蛭 もて血をとる術なと西洋家に始ることくにいへれと 聖武天皇の天平四年五月廿四日権医博士和気相秀 御蛭喰の吉日を勘申と朝野群載にのせ東鑑には 将軍家の用ゐられし事明らかにしるしおかれ簾中抄 にはにんしんにひるかひ【注④】やいとう【注⑤】なとをそこにせぬなりと 見えたりかくむかしはつねに用ゐしことなりしかのみ ならす古き薬法のこゝに絶しを西洋法に用うる こと多しこれ則人身究理の法よりして和異共に身 体諸部の同しきゆゑなれはあへてめつらしとするに 【注① かんか=中国から伝わった医術による医者。漢方医。】 【注② へんじゃく=中国古代の伝説的名医。】 【注➂ 返事の手紙。返書。】 【注④ 蛭飼=蛭に腫物の悪血を吸い取らせて治療すること。またその治療法。】 【注⑤ やいと(灸)に同じ。】