翻刻
【右丁】
奉りしより続て漢家【注①】の法の伝り来て後は和気丹波
の両氏此みちのはかせと成もてきて白河のみかとの頃
丹波雅忠を我国の扁鵲【注②】といはれて名高かりけれは
高麗の王病の重きによりてはる〳〵雅忠の治療を
請れしに群臣衆議して匡房卿に仰せて返牒【注➂】かゝ
せてつひにやらす成にしとか語りつたへたるかく医術の
漸々盛になりしもみな漢家のつたへのみにてたま〳〵
このくにゝしるしある薬術も捨るか如く成行ぬるそ
うれたき事になんさるを此ころ西洋の医術ひらけきて
漢家の医術に異なる伝へも多く人身究理の説なと
【左丁】
よりしてすへて薬術共にあらたまりたるか如し水蛭
もて血をとる術なと西洋家に始ることくにいへれと
聖武天皇の天平四年五月廿四日権医博士和気相秀
御蛭喰の吉日を勘申と朝野群載にのせ東鑑には
将軍家の用ゐられし事明らかにしるしおかれ簾中抄
にはにんしんにひるかひ【注④】やいとう【注⑤】なとをそこにせぬなりと
見えたりかくむかしはつねに用ゐしことなりしかのみ
ならす古き薬法のこゝに絶しを西洋法に用うる
こと多しこれ則人身究理の法よりして和異共に身
体諸部の同しきゆゑなれはあへてめつらしとするに
【注① かんか=中国から伝わった医術による医者。漢方医。】
【注② へんじゃく=中国古代の伝説的名医。】
【注➂ 返事の手紙。返書。】
【注④ 蛭飼=蛭に腫物の悪血を吸い取らせて治療すること。またその治療法。】
【注⑤ やいと(灸)に同じ。】