翻刻
見へたり
異朝天子外國の王日本國と往來書式の事
元の世祖の代に當りて日本國王に璽書を給ひ
て其入貢の事を勅せられし事度度に及ひしに
其書に報ひ申事なきのミにあらす其使を鎌倉
に召よせ龍口におゐて斬てすてられしに至て
世祖怒に堪給ハす大元高麗の軍を起して日本
を征せられしに十萬の兵生て還るものわつか
に六人其後成宗位を嗣給ひて僧一山を使とし
て日本國王に書をたまひしかとも日本の人つ
ゐに至らさると其代の史にみへたりしハ本朝
にして龜山院後宇多院御在位の間にて鎌倉殿
ハ宗尊惟康等の親王の時に當りき異朝の天子
日本の國王に書を贈られし事ハ此時を以て始
とすへし然るに世の人相傳て蒙古の天子我朝
の天子に書を賜られしなと申事ハ然るへから
す此時の書式ハ大蒙古國皇帝奉書日本國王と
題せられき是ハ我國と上下の分いまた定まら
さるか故とみへたり《割書:此事の始に元朝の使對馬|の國に至りて塔二郎彌二》
《割書:郎といふ二人を生捕て歸る事あり世祖者と|もに我國の事共を尋問れて後に趙良弼といふ》
《割書:者に璽書を授て我國に使せしめられる此度の使|筑紫の守護所に止まる事年を經て後歸る事を
《割書:得て日本君臣の爵號州》郡の名數風俗土宜を具|に奏上せし由彼國史に見へし上は此ころ本朝》
《割書:天皇の威令國中に行ハれす大小の政事ハ北条|か家のはからいに出し事ハ世祖能能知りたま》
《割書:ひし所也亦成宗の時僧一山を我國に渡されし|事も鎌倉の執権北條の禪法を好し事を聞しめ》