琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 9

ページ: 9

翻刻

《割書:に異朝の文字に天子と記す事本朝の言葉にう|つしてハ須明樂美銜徳と讀へしと見へたり然》 《割書:らハ天子と記し主明樂美銜徳と記すも其文字|ハ替れもと其義におひてハ相同しけれハ日本》 《割書:國王としるして大國の天子外國の君に命せら|るる所の体を存し主明樂美銜徳としるして我》 《割書:國の天皇を尊ひ稱せらるの禮を存し|ふたつなから相得たる事と申へし》いくほと なくて唐の世既に亂れしよりこのかた本朝天 皇の使かしこに行事もなく異朝天子の使こゝ に來れる事もなく但鳥羽院元永の初に宋國の 牒狀太宰府に來れる事もありしに其書辭無禮 なりとて返牒に及はれぬ事ハ候むき又本朝公 式令の詔書の式を按するに集解にハ本朝天皇 大唐に詔書をなされし事有し由を注したりき 解にハ其由をは注せす况又桓武天皇延曆年中 遣唐大使藤原賀能朝臣唐國に至りて其福州觀 察使に贈し書に本朝の天皇異朝の天子に聘問 を通せらるるに璽書を用られし例なきよしを 記せり《割書:此書ハ釋空海の|草せしところ也》然ハ推古天皇の御時隋 帝に書を致されし事より後ハ本朝の天皇異朝 の天子に璽書をなされし事はなしと見へたり 令集解の說ハあやまれるに似たり又古の時三 韓の國國の藩王本朝の天皇に上表せし所の式 詳ならす中世よりこのかた新羅渤海高麗等の 國王奉りし所ハ皆皆その國王啓すと記して天 皇を以て稱しまいらせ本朝天皇の勅書にハ天 皇敬問其國王としるされし由代代の國史には