琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 12

ページ: 12

翻刻

事のことくには見へたり其後太祖日本眞の國 王ありと聞しめして仲猷克勤等の僧をして日 本に使たらしめ給ひし時の勅使に持明天皇關 西親王國王なと云ふ事見へたれは此時に至り て日本國王と稱し給ひしは義滿の御時をさゝ れし也《割書:持明天皇とハ後光嚴院後圓融院皆皆當|時におひて持明院殿と稱し奉りしか故》 《割書:他關西親王ハ懷良の御事|日本國王ハ義満の事也》其後建文の天子より 《割書:太祖の皇孫にて太祖の|位を嗣給ひし御事也》義滿に賜られし詔書に は奉天承運皇帝詔日本國王源道義なと記され たり《割書:道義とハ則ち|義滿の別名也》其後太宗の詔書の式も又こ れに同しく其勅書の式ハ皇帝勅論日本國王源 道義としるさる義滿薨逝の後勝定院殿へたま ハりし勅書には勅日本國世子源義持としるさ れ《割書:世子とハ國王の|嗣子を申すなり》其後宣宗英宗の代に暜廣院 殿に《割書:義|教》たまひ景泰の天子《割書:景帝と|申す》慈照院殿に《割書:義|政》 賜ひし勅書に義滿の御時の式のことし其後萬 曆の天子《割書:神宗と|申す》豐臣太閤に賜ひし詔書も奉天 承運皇帝詔す封璽爲日本國王なと見へたり又 本朝の國王異朝の天子に書を奉られし事懷良 親王を以て始とすへししかれとも其書式ハ詳 ならす又外國往來書式の事鎌倉の代に高麗の 國王元の世祖の勅によりて日本に書を贈りし 事ハ見へたれとも其詳なる事ハ見へす應永二 十九年の夏勝定院の公方朝鮮の書に答られし