琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 15

ページ: 15

翻刻

鮮王三使をして賀さしめられ此時の來翰報書 ともに慶長十二年の式のことし同九年 大猷 公嗣て立給ふによりて寛永元年朝鮮より三使 來聘す此時の書式もまた元和三年の如くなり 寬永十二年宗對馬守義成《割書:義智の|子なり》其家臣柳川豐 前守《割書:下野守か|子なり》異論の事あり 大猷公自ら大廣 間に出給ひて其爭訟を聞しめしたまふ《割書:此日ハ|諸大名》 《割書:諸士のこら|す登營す》朝鮮國王より贈り奉られし所の書 に慶長十二年元和三年寛永元年三度ともに朝 鮮國王奉書日本國王殿下としるされし事其國 王として外國の將軍と書翰往來の事本意にあ らさるよし朝鮮王憤り申さるるによりて豐前 守其旨にまかせて彼國書にハ日本國王としる させ彼國におひて將軍の御事をハ國王と心得 たるよしを申上て其御報をは對州に於て豐前 守私に是を書直し日本國源家光としるされし 國の字の下に王の字を書入て 朝鮮國の使に渡 し遣しける事露顯せり《割書:此時對馬守義成若年に|して諸事柳川か計ひに》 《割書: 出て其式の事とも對馬守ハしらさる事五山|の方長老申上る其事明白によりて對馬守をハ》 《割書: 咎めたまハす豐前守ハ奥州津輕に流刑せらる|方長老も柳川に一味せしによりて同州南部に》 《割書:配せら|れき》是に依て對馬守に命せられて豐前守か 私曲の次第を朝鮮國に告知らせこれより後朝 鮮國王の書にハ日本國大君としるすへし御報 書にハ日本國姓某としるさるへきよしに究り