翻刻
臣たらん事を恥て降らす《割書:尚寧か父王尚永去年|萬曆十六年に薨して》
《割書:尚寧いまた冊封をうけさる|故に世子とは稱せしなり》同十八年《割書:天正十八|年なり》
秀吉朝鮮の地を經て中國に入寇せん事を謀り
て琉球の朝貢を禁すこれその入寇の事を漏さ
ん事を恐れて也琉球相鄭迵密に其事を奏問す
《割書:亦一書に萬曆十八年九月關白一和尚を指して|琉球に至らしめ正朔を奏し土地を獻する事を》
《割書:説しむ亦其國の長吏鄭迵に百錢を送る時に國|王尚永新に逝して世子尚寧監國し人人疑ひ惶》
《割書:る迵日本の人の變詐多きを以て世子を勸めつ|とめて辭し金を請す一和尚をさして行しめ關》
《割書:白に報禮す關白厚く和尚に賄して差て世子に|説しむと見へたり以上の二説皆皆關白より琉
《割書:球に使遣せしといふ》事はあやまり傳へしなる|へし此年五月琉球より關白に贈りし書を按す》
《割書:るに此時島津義久入道龍伯大慈寺西院和尚と|いふ僧を琉球に指遣したる也關白よりの使に》
《割書:はあらす此時琉球より關白に始て使をまいら|せたり其使は天龍桃庵和尚と申す僧也關白よ》
《割書:り其書に答られし書をは鹿苑|寺の僧西笑和尚宗草したりき》同二十年《割書:本朝文|禄元年》
尚寧僧天龍等をして日本に至て二百の蕉布等
のものを關白に送る琉球の地薩摩を去る事海
路四日か程日本と琉球の界北山の地は其延袤
三百里琉球を去事わつかに一日か程也《割書:北山と|いふは》
《割書:今の大島徳|島等の地か》 されは北山の地を得る時は琉球を
得る事たやすくして閩廣の地を侵さん事も又
■【人扁に㪅-便ヵ】あり《割書:閩廣とは今の福|州漳州等の地方》 關白其使に求むるに北
山の地に兵を屯せん事を以てす彼僧あへて其
命に違事なしやかて銀四百塊毎塊重き事四兩
三錢なる物をあたへて賞す《割書:しるす所によりて|按するに銀一塊は》
《割書:則一枚とい|ふもの也》天龍等日本の使とおなしく本國に