琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 49

ページ: 49

翻刻

《割書:大清太祖順治四年本朝後光明院正保四年按す|るに尚賢か代に當りて大明ほろひて大清の代》 《割書:とはなりたり然れとも此頃は閩廣の地いまた|大清に服せすおもふに大清に入貢の事は後王》 《割書:の時より始|れるにや》 第二十三代尚質在位二十一年四十歳にして薨 す《割書:大清康煕七年本朝後光明院承應二年按する|に尚質嗣封の後慶安三年九月我國に使を奉》 《割書:る》 第二十四代尚貞在位四十一年六十五歳にして 薨す《割書:大清康煕四十八年本朝今上寶永六年按す|るに尚貞か代に當りて[寛文十七年七月天和二年四月]我》 《割書:國に使を|奉れり》 第二十五代尚益在位三年    にして薨す 《割書:大清康煕五十年本朝今上正德二年按する|に尚益か時に寶永七年我國に使を奉れり》   琉球冊使并朝貢の事 琉球冊封の事大明洪武年中に始れりそれより 後は其國王嗣立て貢使を進らせて封を請ふに 及て給事中一員行人一員を封使となされ玉帶 蟒衣極品の服色を假さる閩の三司その使の料 大船二艘を作る凡其價おの〳〵二千五百兩餘 を費す黃屋二層を作りて詔書を安置し貯ふ所 の器用そこはくを以てす冊使福州に至りて南 海の神を祭て船に乘る船彼國に至る時其王法 司官一員をして數千人を引具して其船を那㶚(ナハノ) 港(ミナト)に引入れしめ其國の衆官大小百餘員をして 龍亭を迎恩亭にむかへ拜せしむ《割書:龍亭は詔書を|藏めし小しき》 《割書:なる輿|を申す》天使館にみちひき至て《割書:迎恩亭より館ま|て五里はかり有》