翻刻
の御恩德も又有かたき御事なり是より後に
寛文年中又新錢を鑄らる《割書:■【裏の異体字】に文の字|をしるさる》元禄中
金銀を改造られ其後又銀をふたたひ改鑄ら
れし事大錢を鑄られし事共は人人しれる所
なれはしるすにおよはす
謹按するに以上の事ともを以て先しるへ
し國家の財用古には艱難にて今の賑富し
事ともを
本朝金銀銅外國へ入りし總數の事
一慶長五年より前上古よりの事はしはらく論
せす室町殿の代より信長秀吉兩代に至るま
て西國中國の地より外國へ入りし金銀の數
いか程といふ事をしるへからす《割書:これ|一つ》
一慶長六年の夏交趾の舶來りて《割書:其舶に乘りし|者千二百人あ》
《割書:り|き》これ 當家に及て海舶の來れる始也是よ
り正保四年まて四十六年か間に我國の金銀
外國へ入りし事いかほとといふ事はしれす
《割書:これ|二つ》
一慶長六年の夏外國の舶我國へ來り始て寛永
元年まて二十四年の間は九州の内いつれの
浦浦へも心まゝに舶をよせて商賣せし事も【「事も」の右に「なり」と有】
東國へも舶つきて商賣せし事もあり《割書:慶長十四年|上総大多喜》
《割書:浦に黑ふねつ|きし事ありき》長崎より外にての商賣を禁せ
られし事は慶長【右に「一本作寛永」と有】二年に始まれりされは二十