翻刻
一金六百十九萬二千八百兩餘《割書:慶長六年より正|保四年まて凡四》
《割書:十六年か間に外國に入りし大積|并に正保五年より此かたの總數也》
一銀百十二萬二千六百八十七貫目餘《割書:慶長六年|より正保》
《割書:四年まて凡四十六年か間に外國に入りし所|の大積りならひに正保五年よりこのかたの》
《割書:總數|也》
《割書:右金銀の事は正保五年より寶永五年まて|長崎一所にて外國に入りし大數を二倍に》
《割書:して兩口を都合|せしつもり也》
一銅二億二萬二千八百九十九萬七千五百斤餘【「萬」に重複あり先の「二萬」誤りヵ】
《割書:慶長六年より寶永五年まて凡六十一年か間|に外國へ入りし大積り并に寛永六年よりこ》
《割書:のかたの總數なりこれは寶永六年よ|りこのかたの數を一倍せしつもり也》
右は慶長六年より寶永五年まて凡百七年
の間に我國の金銀銅外國へ入りし所の大
數也比較を以て推す時は外國に入りし所
の金は只今我國にある所の金の數三分一
に當れり《割書:我國只今の新金は古金二千萬兩|を造り出せし所なりといふ六百》
《割書:十九萬兩を三つ合すれ|は大數二千萬兩に近し》銀は只今我國にあ
る所の數よりは二倍ほと多く外國に入り
し也《割書:我國の内古銀の數四十萬貫目ならて|はなしといふしかるに外國へ入りし》
《割書:數百二十萬貫目に近くなれは|我國の銀殊の外減せしなり》但し大數
はよほと引入れしたる積りなるへしとも外
國に入りし所の金銀銅の總數是よりはな
をおひたたしき事にや
異國の實貨古今の事を按するに漢の代ほと黄
金おほかりし代はあらすと申傳へたり其後代