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《割書:しき金銀を費|するゆへなり》是等の論によりて我國る事を考
るに此國ひらけ始しより後千餘年か間は金銀
銅出る事もなくそれらの世にも代はゆたかに
おさまれきその後是等の寶貨我國に出しかと
其數はすくなかりし事また千年に及へり我
神祖の起給ふに至て天地も其功をたすけさせ
給ひしとみへて我國の金銀銅の出し事我國の
事はさて置ぬ萬國の中にかゝるためしをきか
すしかりとはいへとも我國土の骨一たひ出て
ぬれは二たひ生すへからさるの理なり此後千
萬年を經るとも 神祖の御時のことくに金銀
銅の多く出る事あるへからす《割書:漢の代より後の|事を以ておしは》
《割書:かるへき|ものなり》然るにそれより後百餘年か間外國に
流入れし所の數彼五胡五代遼金元の代代にと
ほしき中國の金銀を夷狄も地にとり行し數に
くらふれは猶萬萬多かるへしかくて此後も今
迄の事のことく毎年に十四五萬兩を失ひなは
十年にして百四五十萬兩をうしなひ百年にし
て千四五百萬兩をうしなふへし 神祖より
當代に及はせ給ひて既に百年に及ひぬれはこ
れより後又百年をすくるとも四五世の御ほと
には過へからすされは 聖子神孫十世二十世
の御のちには我國にて用ひ給ふへき金銀銅と
ほしき事彼異朝の事のことくなるへし我國の