翻刻
《割書:聘の事等ありとみへたり齋明天皇の御代の末|に至りて果して新羅つゐに本朝に叛き唐國に》
《割書:内附し百濟高麗を滅して三韓の地を併せたり|き初神功皇后新羅を征せられしより齋明天皇》
《割書:の御代に至るまて本朝天皇とも二十四代曆數四|百四十七年の間ハ三韓の地みな是本朝藩臣の》
《割書:國にてありき其後高麗また新羅を滅して其地|に王たる事歷世久しくして其臣の爲に國を奪》
《割書:はれ今の朝鮮の祖ハ則高麗の重臣にて其君の|國を奪ひし人也すへて是等の事を詳にせんに》
《割書:は文殊になかけれ|はこゝにハ略しぬ》隋の煬帝大業三年倭國王朝
貢す其書に日出處天子日沒處天子としるせし
由見へたれハ本朝推古天皇の御時の事也但し
本朝の國史に載られし所ハ彼國史にしるせし
所にハ同しからす日本書紀にハ推古天皇十五
年の秋唐國に使をつかハさる《割書:天武天皇の御代|に日本書紀を撰》
《割書:はれし時に異朝にしてハ唐の代に當れるを以|てあやまりてかくハしるされしなり隋國と有》
《割書:へき|事也》十六年の夏本朝の使歸る時に彼國の使も
來れり其書に皇帝問倭皇としるされし由見へ
たり《割書:本朝經後傳記を按するに推古天皇十二年|正月始て曆日を用ひらる此時我國の書籍》
《割書:多からす是によりて隋國に使をつかハされて|書籍を買求らる兼てまた隋の天子に聘せらる》
《割書:る其書に日出處天子致書日沒處天子としるさ|る隋帝又使して我國の使を送られし其書に皇》
《割書:帝問倭皇としるさる聖徳太子《割書:天子》の號をしりそけ|て倭王となす事をにくみて其使を賞せられす》
《割書:其書に報ひて東天皇白西天皇としるされしに|し見へたり此紀によりて見る時ハ我國彼國の》
《割書:史にみへし所ハおの〳〵一時の事を而己記し|て事の始末詳ならす但し又日本書紀にも正徳》
《割書:太子傳にも隋帝の書に倭皇としるされしと見|へたるを經後傳記にハ倭王としるされしよし》
《割書:みへたりおもふに日本書紀聖徳太子傳も本朝|天皇の御事を尊て稱而記されし事猶異朝世世》
《割書:の臣の書法の如くなるへし然れハ經後傳記|にミへし所を其事の實を得たりしと云へし》其後
唐太宗貞觀五年倭國の王使を遣して入朝せり