琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 78

ページ: 78

翻刻

とも求め得らるへきためと見へたり《割書:甚しくし|ては慈照》 《割書:院殿の時期の天子に奏して銅錢十萬貫を賜る|へき由を申されき是等の事は我國の恥辱と申》 《割書:すへ|し》 東照宮 御代をしろしめされし初に日本朝鮮 の和議を講せられし御事は以上の事ともの 御為にはあらす文祿の初に日本朝鮮の戰起り て其禍相逮る事七年にして太閤秀吉薨逝の後 我國の軍は還る事を得たりき蜂蠆たにも毒有 と申す事の候へは朝鮮君臣の事はいふに及は す明の天子も其怨を我國に報せられんには東 西生靈の禍やむ時有へからさる事を思召めた らされしによりてなり朝鮮の君臣も明の天子 のために其厄難を援られて其封内をは安堵し けれとも明の兵猶其國に留り鎭めて其將士相 驕り國人を凌轢せし事も我國の兵禍に大かた かはる所もなかりしかはいかにもして國人を 蘇息せん事をおもひしに 東照宮 御代をしろしめされて前代の非を改 られし事ともを傳聞又朝鮮の男女吾邦の兵の ためにとらはれしものとも還し遣はされし所 前後三千人におよひけれはやかて兩國の和事 成て是より此かた彼國東西の民兵革の事を相 忘れしこと既に百年には及ひたり我國再造の 恩に於ては彼國の君臣長く相忘るへからさる