琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 84

ページ: 84

翻刻

に朝鮮の使來候ひしに天下諸大名の財用つ がすして京都にむかゑらるゝ事かなふへか らす兵庫より還さろへきなと議せられし事 も候ひき天地の運も必らす盛衰の時候によ りて國家の財も常に贍足た事はあらす候へ はもし今より後萬代の御間に京都の代の事 の如くなる御事も出來候はんには我邦の弱 を外國に示されん事尤以て不可然御事に候 當時吾國富強の御時に當りて 御子孫萬代 迄の御事を深く遠くおほし召めたらされて いつれの御代迄もたやすく事行はるへき所 を議定し置候を以て國家の長策と申すへき 御事にて是のみならす候子細等ある事に候 其故は朝鮮歴代の書共を見候に大方我國を 以て彼國に臣屬せし事のことくに記し置き 甚しくしては倭酋倭奴倭賊なとしるし候事 筆を絕(たち)候はす酋とは蠻夷魁帥之稱と註し候 て夷の長を賤しみ稱候辭にて奴と云ひ賊と 申す事はきはめて人を賤しみ稱し候詞に候 其國の書共にかくの如くに記し候事は昔三 韓の國國我邦に臣屈せし事とも本朝歴代の 國史に見へ候のみにあらす異朝に於ても魏 ■【晋の異体字】宋齊梁陳隋の代代の史に相見へ候事とも にて其後我國の兵禍に苦しみ候ひし事世と