琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: ハワイ大学所蔵 阪巻・宝玲文庫 vol. 1

骨董録 - 翻刻

骨董録 - ページ 85

ページ: 85

翻刻

してこれなき事もなく新羅文武王と申せし は我國の兵を患られて自ら誓ひて死せし後 には龍と成て國を護り寇を防くへしとて東 海の水中に葬られし故其子神文王父を慕ひ て高き臺を築て東を朢まれしに大龍海中に あらはれ見へしとて今も我國の方の慶尚道 の海邊に大王巖なと申す所現在し候程の事 に候へは彼國の君臣の我國の事を恨愠り候 事誠に萬世の讎と思ひなし候故にて候然る を又秀吉の御時彼國の兩京を陷れ先王の墳 墓をも押破り其禍七年に相つらなり百年の 今に及候得とも我國の方の地凡七百萬石許 の所は荒野の如くに成果壬辰の年に《割書:すなは|ち文祿》 《割書:元|年》我國の軍うち入候日を以て海上に戰艦を 泛て吾邦の兵調伏の法を行ひ候事年年に絶 す元より其兵弱くして我國に敵すへからさ る事をは覺悟しいかにもして文事を以て其 恥をすゝくへしと思ひめくらし候ひしかは 此年頃思はるる外の事共に外國の侮をは取 候事も候ひき然るに此度に於ては彼國の者 共其志をうしなひ候事とも多く候へは此後 必しも一國の力を盡しても亦其志を得候は ん所を相謀るへき事に候鄙しき辭にも勝て は冑の緒を縮ると申ならはす事も候へは此