翻刻
【右丁】
叙爵し《割書:はしめ美作守 承応二年 能登守|寛文三年また美作守にゐる》承応三年父卒し
て所領わかたる《割書:五千|石》寛文二年四月七日御小姓組の番
頭になる同き十二年 御側衆延宝二年十二月廿六日
御用人衆同き七年七月十日 少老職 に補せられて
所領の地加給りぬ《割書:一万石を|領せり》
【左丁】
松平 荻生
左近将監源成重は加賀守乗元の後胤也乗元の男乗正
の二男荻生の伝蔵親清その子五左衛門近正と云《割書:和泉守家|乗家子》
《割書:たる|なり》天正十二年 徳川殿北畠信雄を援たまひ秀吉と
戦給ひし時源二郎家乗いまだ幼なかりしかは近正彼代
官として軍勢を率して蟹江の城をせめやぶる明れは
十三年十一月石川伯耆守数正岡崎の 城を去て秀吉
へ参りし時 近正か許へ使立て《割書:大野又右衛門|といふもの也》打つれて参
らん事をすゝむ近正あへてしたかはすいそき嫡子新二郎
一生に家乗かさふらひ二人つけて 徳川殿へまいらせ