伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(二・三) - 翻刻

藩翰譜(二・三) - ページ 15

ページ: 15

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【右丁】 此よしを告申す一生をはすくに浜松の城にとゝめらる へきよしを申すこれ近正か 二心なき旨をあらはし 質として子息を献たる所也 徳川殿近正か志しを ふかく感し給ひ御刀を一生にそ給りけるそのゝち 関東に移り給ひし時 近正上野国三の倉の地を賜 《割書:五千|石》慶長五年の秋 伏見の城にとゝまつてうち死す 年五十四歳とそ聞えたる近正男子二人嫡子若狭守 一生二男五郎左衛門正善これ将監成重か父也けり一生 父につき五左衛門と申 慶長七年五月佐竹か秋田にうつ されし時一生水戸の城を守る出国よりおちとゝまつたる佐竹か 【左丁】 家人等謀叛企て 此城をおそひとらんとす七月十日に一生に 番の兵あやしきもの一人からめ取て拷問に及ふ彼謀叛の事 悉く顕はれ此夜亥の時はかりに 凶徒 忽におそひ来る 一生を初として城を守る 人々待もうけたる事なれは互ひに 先を争てふせき戦ふ凶徒等散々に討なされて引退く群馬 丹波馬場和泉等の 張本人所々にて生捕れ一々に誅せら れにけり明れは八年大御所将軍の宣旨かうふらせたまひし時 一生叙爵して若狭守に任す十一年五月一生飛逃て所領 没収せらる《割書:いかなる事にて候哉詳なるをはしらす又父につきて後|所領いかほとたまひしもしらすこれにて嫡流はたえしと也》 五郎左ヱ門正善別に 所領を給ふ《割書:下野国|板橋》正善死してその其子