翻刻
【右丁】
加賜ひ《割書:五千石合て|二万五千石》領す 十二年十一月廿一日掛川城に
移り《割書:四万|石》十六年十一月信濃の国飯山の城に移《割書:本領本|のことし》
此とし十二月十二日卒す三十九歳《割書:一説に二月十二日卒すと|しからは飯山へうつりしは》
《割書:子息家嗣し初り世におこなはるゝ 松平系図には 飯山へうつりて|卒すとのす寛永の日記 城主譜等も これにおなし おほつかなし》
【左丁】
松平 藤井
伊豆守源信一は出雲守殿《割書:長親|主》の御孫にて彦四郎利長
の子也利長三河国藤井の 城に住しけれは時の人藤井
の松平とは申せし也天文九年六月六日 利長 駿河の
二 ̄タ河の人々とおなしく 安祥の城を守り 織田家の
軍勢うち破てうち死す 其子信一はしめ 勘四郎と
申す三河国長沢の 合戦を 始とし一生の高名数
しらす中にも 永禄六年一向専修の門徒等か乱に
信一無二の御方人して郡軍度〳〵に及ひ同き十一年
秋織田上総介殿将軍義昭に頼まれ給ひ都に帰上る