翻刻
【右丁】
とて加勢の事望まる 徳川殿御家人等か手の兵一々
にすぐり出し信一に大将をは給りける九月十一日信一
織田殿の御陣にはせ参り 此時信長は近江の佐々木
義賢入道承禎箕作の 城せめあぐみてこれ程の小城
を攻て日費さん事いわれなし速に都にのほれとて
すてにからめ手のよせ手引返さんとし給ひし所に信一
其勢一千人大手の城戸におしよせ息をも くれず
攻やふつて城中にみたれ入はかたきはこらへすからめ
手を打やぶりちり〳〵になつて落行けり 《割書:大久保彦左衛門|物語にいづ》
《割書:○按するに安土日記に九月十一日信長愛知川の ほとりに陣し|佐々木か観音寺箕作二ッの城にをしよせて佐久間浅井木下》
【左丁】
《割書:丹羽して箕作をせめしに申の時より夜に入てせめ落すとしるし|て信一か事をのせず信長記これに同し 家忠日記増補に 信長佐久間|右ヱ門尉を使にて信一に先陣の事を給られ信一忽ちに外城をやぶり信長の|勢つゝいてすゝみえず木下藤吉秀吉夜に入て本城にせめ入ときに 信一先|ちんのよし高〳〵と名のりたり明る十三日信長信一をめして信一はきも|に毛のおひたる男かなとほめたまふ着し給ひたる道服ぬぎて給ひ|ぬ信一家の紋葵なれは 徳川殿に同しからんことはゞかりてかたばみを|紋とせしこれより桐をも紋とすかの道服に有し紋なれは也と|云々案ずるに安土記等に信長の手より箕作せめおとせしとかき|しは我家の功とせんとてしるすへし 増補の説のごとくなれば|城をは秀吉のおとしたるにて 信一か功にあらず大久保その時の人|にてしるせし記なれはその記にしたかつてしるす○又此とき 信長|徳川殿よりの御かせいおほからさるをよろこびす 又信一か小男なるを|わらひ給ひしかは信一これを聞て此城せめおとす迄は いきてかへらじと|いひてたちまちにせめおとせしとぞ申す也○織田家譜に箕作りをと》
《割書:せしを勘四郎信吉としるせり|あやまれるにや信吉は信一か子也》かくて箕作おちしかは十八ヶ所
の城々次第におちて信長都に入給ひしに織田上総介