伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(二・三) - 翻刻

藩翰譜(二・三) - ページ 20

ページ: 20

翻刻

【右丁】 の雑人と信一か下部とふるきゑほし一ッをばいあふて 争論におよひ美濃尾張の軍勢一ッになつて信一か陣に おしよす徳川家の人々是を見て 此上は力なし尋常 に戦てうち死せよやとて弓鉄炮鎗薙刀をそろへて 寄せくるかたきをまつそのいきほひにおそれてあえて ちかつくものはなし織田殿此由を聞召につくいやつ ばらか狼藉哉家康か 加勢こふて 給つたる 同勢と 同士軍する事やある 信長か 軍兵一人成とも信一か 陣にむかつて矢はけ打物のさやはづしたらんもの一々 にかうべはねよと以の外にいかり給へは寄手散々になつて 【左丁】 にけうせぬ信長いそき信一をめしていかに信一今度 箕作の城せめおとし又今日の狼藉をしづめられし 事あつはれなるふるまひかなせいはちいさき人なれと 胆こそ大きかりけれと感し給ふ事 なゝめならず やかていとま給て本国にそ帰されたり元亀元年 の秋ふたゝひ織田の加勢して高名也徳川殿関東に うつり給ひて上野国布川の地をそ領しけれ《割書:五千石一説に|つくはとも云》 関か原の戦には 関東にとゞまり 江戸崎の城を 守り明れは慶長六年二月常陸の国土浦の城給 ひ《割書:此事不審七年の|事にあらすや》伊豆守に任し同十一年五月常陸の佐竹