伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(二・三) - 翻刻

藩翰譜(二・三) - ページ 21

ページ: 21

翻刻

【右丁】 出羽にうつされて水戸の城をまもる事此とし七月 下旬より来年正月に至て信一すてに卒して後 《割書:信一か卒せし年月いまだしらす常陸国諸城主 譜等には 土浦の|城に卒スとみゆ世に伝ふる所の松平系図には丹波の城にうつると》 《割書:いふ事あや|まれる歟》安房守 信吉 家をつぐ 実は桜井の与二郎 忠吉か嫡男也信一男子なけれはをのか娘にあはせて よつぎとす 勘四郎と 名つけたり佐竹国うつされ し時常陸の府中の城をまもる又父にかはつて 江戸崎の城をまもる慶長八年叙爵し信一卒し て家をつぎ《割書:四万|石》大坂の兵起りしにまづ和泉国岸和田 の城に加勢し《割書:小出大和守|か居城也》のち大坂よりめされて今里の 【左丁】 要害を守り《割書:明る春に|いたる》明春に至ては伏見の城に来りて 守りふたゝひ兵起て後    のほとりに陣を取 両御所のほらせ給ひしかは大坂に馳むかひ五月七日 の戦に首廿一取て献る元和二年上野国高崎城に うつり《割書:五万|石》同五年丹波笹山の城にうつる《割書:本領の|まゝ》同き 七年卒して嫡子 山城守忠国つく忠国はじめ 慶長十四年将軍家の御前にて元服し御諱字賜る 父につぎし後慶安二年七月四日播磨国明石の 城を給てうつる《割書:二万石を加へられ|七万石を領す》万治二年二月廿日 六十二 歳にて卒す嫡子伯耆守信久早世し 二男日向守