伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(二・三) - 翻刻

藩翰譜(二・三) - ページ 25

ページ: 25

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【右丁】 を領す同十一年七月廿九日従四位下 十月廿一日所領 加賜ひ《割書:四千石を加へられて|三万石を領す》此月御小性組番頭をゆるされ 十四年十一月島原の賊徒起り 板倉内膳正重昌追 討の御使を承て向ひ西国の軍勢催して攻れとも 城をちず信綱かさねて御使を承る明れは十五年 正月元日重昌討死す 同き四日 信綱馳つきて二月 廿八日城をおとし三万七千人の首うち取同九州の 事共よく沙汰して同き四月 関東に帰りぬ十六年 正月五日河越の城に移り 所領倍し 賜ふ六万石 二十年十月侍従にすゝみ正保四年又所領を加賜ひ 【左丁】 《割書:七万石|を領す》寛文二年二月十六日 六十七歳にて卒す《割書:此人の才発|なる事とも|世に伝ふる事いくらといふ数をしらすされともその事共天下の大勢にあづ|からぬ事なれは まことにかそふるにたらずはしめ左大臣家かくれさせ給ひ|将軍家いまた御幼稚の時に 故将軍家の御時は国をも 郡をも たまひ|禄をも 俸をも あておこなわれし事月々 年々に絶す 当代に至て|つゐにその事なしかくてはいかて奉公の労をもなくさめ主につかふる忠|をもすゝめんやといさむる人もそしる人もありける 信綱これを聞て君|いまたいとけなく渡らせたまふ今にあたつて 功労ある人々恩賞おこ|なはる事あらんに たとへ恩賞を加へらる人よろこふ事あるとも また|侍の人は君は いまた幼稚にてまします是みな執政等かひゐきにつきて|をのれ〳〵かかたさまの 人々をのみ 執し申す也なといはんには善をすゝめ|徳をほとこすにはあらて恨をかうにこそあれとて将軍家政をみつから|したまはさりしうちつゐにその事なかりしかとも人ことにあへておごり|たゆむ心なく夙夜しけりこれ一ッ天下の大名の代々たてまつりし人質を|此時にいたりてこと〳〵くにかへさる是二ッ 近世のならはし殉死の事堅く|禁せらる是三ッ中にも 明暦の火災には城郭こと〳〵く灰煙となり|人民こと〳〵く焦烟すかゝる事はいにしへより聞つたへす又後の世にも有|へからずまして 去年の逆徒《割書:由井|正雪》等か火をはなちて兵を起さんとはかりし|事も有これはいかさまたゝ事にはあらしとかみ中しもの心も静ならず》