翻刻
【右丁 頭部欄外】
みつからも疵
かうふる其後
こゝかしこ流
浪してつゐに
西国に下向せ
し也
【同 本文】
《割書:候あわれいかにもして一度大殿より御ゆるし かうふらせ 給ひなは 其のちは|いくたひも仰せにしたかひてまいらすへき よしを申けれは 勝成大にいかつ|てやあ大殿に申すへきほどならばおのれにかくいふへきやといひもあへす|くひうちおとしてすてぬそのゝち親父のけしき日を追てよろしからず》
《割書:勝成いや〳〵此定にては我又くびきらるゝ事も|こそと思ひ刈屋をにけ出しといふ也》天正十五年関白殿
築紫にむかひ玉ひし時肥後国に渡りて《割書:都にて闘諍人うち|きつて肥後へ行し》
《割書:ともいふ|誠にや》佐々陸奥守成政か家につかへて国人等か乱起りしに
所々の戦に高名し 成政ほろひしのち 小西摂津守行長
か家につかへ《割書:千石を領|すといふ》かしこを出て《割書:また人をきつて|にげ去ともいふ也》加藤主計頭
清正か家にゆきてつかふ《割書:千石を領|すといふ》又こゝをも去りて《割書:こゝにても|人をきりし》
《割書:と|云》豊前国にゆき黒田甲斐守長政につかふ《割書:千石を領|すといふ》長政
船に乗て大坂に上るとて勝成をめし帆柱にまたふたる
【左丁】
縄とけといひしかは勝成思ふやういかに心はたけくとも
かゝるわざになれさらんものがこれほどはしる船の檣にのぼり
事成べしや奇怪なる事いふ人かなと腹たつてけれ共辞せんも
さすが口おしと思ひ頓てうちのぼつて 帆縄引ときて下り
ぬかく僻事いはん主につかえん事益なしとて其夜舟のつき
たる所よりたちさるかゝりしかはき【或は畿の誤ヵ】内も九国の地も皆たゝ
すむべき所なければ 備中国にかくれ住む《割書:此のち勝成乗之助と|名をかへて毛利の家人》
《割書:備中国の住人 三村紀伊守とて三千石を領せし人の家にゆきて十八石の禄|うけてつかふ此国にて子息美作守をはもうけし也あら玉の春になりて|三村か家に椀飯のために饗応をはりて茶をたまふ事あり下さまの|人にはおよはす勝成さすがむかしの思ひ出られあはれいかにもしてのま|はやと思ひけれは茶たつる童坊にちかより手をつかねて おことが|なさけにて我にも 御茶給れと いひしに此童坊これはうへさまの人々に》