伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(二・三) - 翻刻

藩翰譜(二・三) - ページ 35

ページ: 35

翻刻

【右丁】 大御所むかし高天神の城をかくこそ攻給ひし殊に此城 と申は古へより名高き城也今は勝成か若き時鎮西に流浪せ し頃より承りおよひきあつたら士の命土民百姓等かために うしなはん事謀にあらすと云氏鉄もつとも候敵の粮尽ん ほとをまつべく候といひしに勝成きゝもあへすしはらく候 戸田殿けふまて人々の遠攻して御勢うたせ給はぬがよき謀 と申事にて候そ城の奴原か事にわかに起つて百日に及ひ たてこもつたれは今は粮料も矢種もはや つきはてんする物を 此後はなにをかさのみまちぬべきたゝひら攻にせめやふつて捨 られ候へといひしにぞさらは攻らるへきに定る其時細川越中守 【左丁】 忠利鍋島信濃守 勝茂一同にすゝみ出忠利勝茂か陣とり し所無碍に城をき所也二三の城をはまつ我らか手より 攻やふつて見参に入給ひなん人々御勢一同に時の声を合せ 力をそへて給るへしとそ望たり座中の人々皆心得ずげに 見へし所に 勝成いたけたかに成て 此城をたゝ二手にて攻 をとし給はん事忠利勝茂の佳名こそゆゝしかるべけれ誰か 又見物の場にあつまつたるやうによそには見て居候べき 勝 成身不肖には 候へとも むかし大御所に したかひ奉りて 十六歳にて 軍初して 今此年に至まて大小の戦ひ既に 五十余ヶ度つゐに人にこへたる事はあらね共又人にこされし