翻刻
【右丁】
大御所むかし高天神の城をかくこそ攻給ひし殊に此城
と申は古へより名高き城也今は勝成か若き時鎮西に流浪せ
し頃より承りおよひきあつたら士の命土民百姓等かために
うしなはん事謀にあらすと云氏鉄もつとも候敵の粮尽ん
ほとをまつべく候といひしに勝成きゝもあへすしはらく候
戸田殿けふまて人々の遠攻して御勢うたせ給はぬがよき謀
と申事にて候そ城の奴原か事にわかに起つて百日に及ひ
たてこもつたれは今は粮料も矢種もはや つきはてんする物を
此後はなにをかさのみまちぬべきたゝひら攻にせめやふつて捨
られ候へといひしにぞさらは攻らるへきに定る其時細川越中守
【左丁】
忠利鍋島信濃守 勝茂一同にすゝみ出忠利勝茂か陣とり
し所無碍に城をき所也二三の城をはまつ我らか手より
攻やふつて見参に入給ひなん人々御勢一同に時の声を合せ
力をそへて給るへしとそ望たり座中の人々皆心得ずげに
見へし所に 勝成いたけたかに成て 此城をたゝ二手にて攻
をとし給はん事忠利勝茂の佳名こそゆゝしかるべけれ誰か
又見物の場にあつまつたるやうによそには見て居候べき 勝
成身不肖には 候へとも むかし大御所に したかひ奉りて
十六歳にて 軍初して 今此年に至まて大小の戦ひ既に
五十余ヶ度つゐに人にこへたる事はあらね共又人にこされし