翻刻
【右丁】
妻をうしなふ徳川殿の 御母堂 岡崎より 出されて御兄
水野殿《割書:下野守|信元》の 許に帰り 住給ひしをむかへて 男子三人
女子四人をまうく 三郎太郎康元《割書:すなはち|因幡守》当腹には長子
也その弟源三郎康俊三郎四郎定勝《割書:のちに|隠岐守》と申す永禄
三年二月徳川殿今川のために 兵をひきゐて尾張国に
むかひ給ふとて 阿古居の 館に立より 給ひ御母上に
御見参のついてかの子息等を御覧して元康外に弟
とてもさふらはす此三人のものを誠の弟とこそ存すべけ
れとて松平とは名のらせらる此年三河国山中医王山
の要害を攻しか俊勝さきかけし忽に攻やふる同き五年
【左丁】
同国西郡の城攻らる俊勝等馳向て攻城終に落けれは
俊勝に給る俊勝阿古居をは長子弥九郎に譲り西郡の
城をは嫡子三郎太郎勝元に《割書:康元|初名》守らせ我身は岡崎に
参り徳川殿軍出させ給ふ度毎にかならす御後をまもる
天正三年十二月水野下野守殿《割書:信|元》武田の四郎に心合せ
られたりさて誅せらるへきよし信長の 仰られしによつて
徳川殿ちからなく俊勝して岡崎によひむかへて信元を
誅せらる俊勝大におとろきかる事共しらすして信元
むかへ来てうたせたりし事のむさんさよ世の人かえり
きかん事もはつかしとて徳川殿をふかく恨み中たがひ