翻刻
【右丁】
此家伝はその家の日記世に行はるれば
事多く略して大綱をあくる所也
【左丁】
松平 能見
大隅守源重勝は和泉入道殿第十の御子次郎右衛門尉
光親の曽孫也 光親はしめて 三河国額田郡能見村
に住せしより其子孫能見の 松平と申けり 光親の
嗣次郎右衛門尉重親《割書:実は子にあらす光親娘にあはせて|所領をゆつりしといふ也本性しらす》其子又
次郎右衛門尉重吉といふ 永正九年十五才の時手ならふ
師のもとに 物かきてゐたりしに 敵菅生村におそ
ひ来れりと聞て 重吉たゞひとり菅生の境にはせ
ゆきて一番に敵をうつて首を取岡崎の松平弾正右衛門
これを見て大に感しこれより近くめし つかふその後