翻刻
各製しおきて試み給ふべし常に心下 痞鞭【左ルビ:つかへる】する人
又は眼目かすむ人などは別して効ありこれ年来試み
る処なれば爰に記す製法は胡麻塩同前のことなれ
ば何にてもむずかしきことなし兔にも角にも黒胡麻
の人身に益あることを深くおもふべし余年来の経験(けいけん)を
記したる胡麻考あり刻近(こくちか)きにあれば発兌の時を待(ま)
ちて見給ふべし
因(ちなみ)にいふ後漢(ごかん)の明帝永平のころ揚州の剡県(せんけん)といふと
ころに劉晨(りうしん)阮肇(げんてう)とて二人の者ありけり常に山に入り
て薬をとり市に鬻(ひさき)て産業(なりはひ)とす或日両人相 伴(とも)なひ
台州府(たいしうふ)天台山(てんたいさん)に登(のぼり)て薬を採(とり)り【衍】しに忽(たちまち)道をうしなひ
て山 深(ふか)く迷(まよ)ひいりけるゆゑ稍(やゝ)携(たづさ)へし粮(かて)もつき飢渇(うゑ)に
たへかね路(みち)のほとりに有(あり)し桃実(もゝのみ)をとりて食したるに
しばらくは飢(うゑ)をも忘れ身も健(すこやか)になりしまゝ㵎(たに)に下(くだ)り流(ながれ)
にのぞみて水を掬(きく)し渇(かつ)をうるほし手 洗(あら)ひ口そゝぎな
どしてたゝずみける処に水上(みなかみ)より一ツの椀(わん)流(なが)れ来(きた)りし
かば二人あやしみつゝ取上(とりあげ)見(み)れば椀(わん)のうちに黒 胡麻飯(ごまめし)の
ひつきたるありさては此みなかみにこそ人家もあれとよ
ろこびて水(みづ)に傍(そ)ひて尋(たつね)けるほどに幽(かすか)なる渓谷(たにあひ)にいで
たりかゝる処に其(その)さまいとあてやかなる女(おんな)に二人 忽然(こつせん)と