翻刻
あらはれやをら立(たち)おりて二人を招(まね)き旧(もと)より知(し)れる人
の如く其 姓名(せいめい)を通じおん身(み)たち此(こゝ)に来(き)たること何ゆゑ
おそかりしといひつゝいざわが住家(すみか)へとて伴(とも)なひゆく
ほどにふたりは不思儀(ふしぎ)に思ひながらあとべにしたがひゆき
見(み)るにこがねに玉にちりばめたる高館あり侍女(じじよ)あまた
出(い)でむかへ七宝(しつぱう)の床(ゆか)を設(まう)けて両人を安坐(あぐら)につかしめ
内外(うちど)都(すべ)て女子のみにてをのこさらに一人もなし須臾(しばし)
有(あり)て胡麻飯(ごまめし)をいだして饗(もてな)しけるに其味ひ甚 美(び)に
して世のつねの物にあらず先(さき)の両女 衣服(いふく)を新(あらた)に粧(よそ)ひ
てたちいで瑪瑙(めなう)のさかづきを巡(めぐら)し流霞(りうか)の酒を酌(くみ)み【衍】
かはして遂(つひ)に阮肇(げんてう)劉晨(りうしん)と夫婦(めうと)の契(ちぎり)をぞなしにける
二人の者も奇異(きい)の思ひをなして留(とゞま)ること十五日二人
しきりに家路(いへぢ)にかへらんことを臨(のぞ)みけるゆゑ仙女もせんす
へなく音楽(おんがく)歌吹(かすゐ)をなして送(おく)りかへし且 帰路(きろ)を委(くは)
しく教(をし)へて洞口(ほらくち)をいだしぬれは遠からずして本道(ほんどう)
を求(もと)めえて行程(ゆくほど)もなく已(すで)に故郷(こきやう)にかへりぬれども
相識(あいしれ)るものたへてなし其家門をたづぬるに郷里(むら)の人
大にあやしみていへるは劉晨(りうしん)阮肇(げんてう)といへる人は昔山に入
りて薬をとるとて其まゝ行方(ゆきかた)しれずときけりそは
我らが先祖(とほつおや)にして七代先(なゝよさき)のこととかやいへるに二人はいま