翻刻
なく美食を好み奢(おごり)に長し酒楼に酔ひ遊里に耽(ふけ)り舟や駕
にて其日をおくるなどは冥理を知らざるの徒(と)にして天の道にた
がへば行末いかなることやあらん慎(つゝし)むべきことなり五穀は万民の命
国の宝なれども年に豊凶あることは聖(せい)人の御代といへどもいかん
ともすべなし其凶なるにあたりて物こと減(けん)少の考ひもなくうか
〳〵と月日をおくり何ひとつ貯(たくは)へものゝ工夫もめぐらさゞるは古の
大 飢饉(きゝん)のはなしを知らざるがゆゑなるべし其事は余が著【着は誤用】す処
の日毎の心得に農喩の説を引て委(くわ)しく記(しる)したれば心ある人
は見給ふべし大きゝんとなりては人の死(し)生は只米のあるとなきと
によることなれば一粒たり共麤【麁】末にはならぬやうに心がくべきは米
穀なり殊に日本の米は万国にまさりて最上なり其 訳(わけ)は日
本の土地は赤(せき)道を北へ去ること三十度より四十度までにて気
候よく調(とゝの)ひて熱(あつ)からず寒(さむ)からず常に天地の気 正(たゝ)しく最上の上
地なりければ此国の人は正直にして忠孝を重ずる風儀なるゆゑ
其土地をたがやして其人の作出るものは五穀とも皆上品にし
て四海万国に秀(ひいで)たりかゝるめでたき国に生れながらたま〳〵天
地の災に出合凶年にあたり飢饉(きゝん)の為に餓死(がし)せんは口をし
きことにあらずやされば今よりよく〳〵心を用ひて物毎に倹
約をくはへ栄耀(ええう)がましきことを深くもつゝしみ其価にては
貯(たくは)へものを心がくること万代不易の仕法なり又三度の食の