翻刻
ういふ族(やから)は凶年の苦(くる)しみを遁(のがれ)豊年にむかふころは世中(よのなか)はゆた
かなれ共巳は却て苦しみかさなりて人 交(まじは)りもできずあげく
のはてには食毒(しよくとく)滞(とゞこふ)りて種々の病を発(はつ)しかゝらぬ【注】体になる
者我たび〳〵見 受(うけ)たり総【惣】じて年の豊凶にかぎらず中人以
下の人平日美食にふけるときは身(しん)上 破滅(はめつ)の基(もと)いたること
疑ひなしましていはんや凶年にも其こゝろえなくいつも正
月の積りにてうか〳〵と暮(くら)すときは災(わさはひ)たちまち足元よりお
こりて跡へも先へもゆかぬことゆゑよく〳〵此処に心を用ひて質(しつ)
素(そ)第一に暮すべきことなり然るを口 功者(こうしや)の人のいへるをきく
に飢饉(きゝん)は世間(せけん)一 統(とう)のことなればうゑて死ぬときは我ひとりに
あらず億万(おくまん)人と共に命をすつることなれば格別(かくべつ)麤(そ)【麁】食(じき)をす
るにはおよばす矢張くひつけたる物にて其日おくりとなすべ
しなどゝいへる人あり誠に/冥理(めうり)をしらぬ心えなればかゝる人
とはともに論(ろん)ずべからず己(おのれ)がこゝろにあてゝ不見識(ふけんしき)なる了簡(れうけん)
抱腹絶倒(はうふくぜつたう)笑(わら)ふにたへたり僅(わづか)の間の食物(くひもの)の辛抱(しんばう)さへできぬく
らひにては何ごとにかゝりても切磋(せつさ)の功をつむことなりがたけれ
ばこと成就すること決してなし嗚呼(あゝ)なげかはしきことにあら
ずや田舎にて農業をする作人(さくにん)は朝から晩まで土まぶれ
になりて働(はたら)けども三度の食事は麦飯(むぎめし)に玉味噌より外の
物を食することなくたま〳〵魚類をくへばとて干物(ひもの)か塩物(しほもの)
【注 「かゝらぬ体」の意が通ぜず。「かこはぬ(害から守ってやれない)体」か。】