翻刻
にて其外は下魚にかぎるべし中々おほ江戸の食物とは同
日の論にあらずさればとて百姓の専門(せんもん)なれば其たび〳〵
に麤【麁】食ともおもふまじ彼(かれ)を思ひ是(これ)を考(かんが)ふると我は今
僅のうち麦(むぎ)を食し芋(いも)を喰(く)へばとて何程(なにほど)の難儀(なんぎ)のこと
あらんや倹約(けんやく)を守り麤【麁】食をするは命をつなぐ手あ
てなりと思はら【ママ】少しもえゝうがましきことは出来(でき)ぬ筈(はず)
なり年の豊凶(ほうきやう)によりては米穀(べいこく)の上(あが)り下(さが)りはこれ迄も
度々ありしことなれ共五十年来 今年(ことし)ほどのことは
初めてなれば今までの豊年の恩(おん)を謝(しや)する《割書:と》おもひ
成丈(なりたけ)粮(かて)めしを食し米をくひのばすやうに心がくること
上への御奉公なりと各こゝろがくべきことなりさてまた
大昔より米穀上り下りの相場を記して諸人に志
しむるも何かのこゝろえになることもあらんかと思へばおのれ
が見あたりたることを摘(つま)みて爰にいだす顯ー宗天皇二
年冬十月戊午 ̄ノ朔癸亥宴 ̄ス_二群臣 ̄ヲ_一是 ̄ノ時天下平 ̄ニ民無_一
傜役_一歳 比(しきりに)登稔(みのりて)百姓 殷富(さかんにとみ)稲-一-斛 ̄ニ銀銭一文とあ[り]
又続日本紀に 元明天皇和-銅四年銭一文に米数
六升とあり又三代実録に 清和天皇貞-観八年二
月大政官処分 ̄シ定 ̄ム左右京白米一升 ̄ノ/直(あたひ)銭四十文前
廿六文今加 ̄フ_二 十四文 ̄ヲ_一黒米三十文前 ̄ハ十八文今加 ̄フ_二 十