翻刻
【右丁】
竹斎中 二
竹斎は我むねのうちなにおふ竹(たけ)なれは。わり
ても見すへきものを。あまの事とや思ひ
けん。さん候【注①】みつからも。今(いま)はよそにたはるゝ
かたあれは其方(そなた)もまたおもひかけたらん
おのこし給へといへは其ときをんないへるやう
きさまはとのゝ事(こと)なれは、ひく手(て)あまたにも
渡(わた)り給へかし、みつからはきさまならては、なとつ
ふやくかほつきもめん〳〵楊貴妃(やうきひ)【注②】なれは、竹斎
か心にしてはくひつかまほし【注③】そ覚(おほへ)るらん。すへて
此みちのならひにて。今(いま)一度〳〵といひながら
【左丁】
もはてしなきものなるに。あかぬわかれ【注④】の
いとまごひせるこそ思ひやるも。袖(そで)しほる
るわさなりや竹斎はとかくの事もえ
いひ出すして。おとこなきせるこそ無下(むけ)
なる人にみせは。わらはめ心ある人たれか思ひ
しらさらん。をんなもやゝありていへるやう
いかなる御事にや。かくなみたくませ給そ
ととへは。竹斎なみたをおさへ。四方山(よもやま)のちかひ事
し上洛(しやうらく)の事を又かたり出れは。をんなもかね
てより。一 度(たび)わかるゝは生(しやう)あるものゝ習(ならひ)なれはと
【注① さんぞうろう=そうでございます。応答の言葉。】
【注② 「面々の楊貴妃」=人はおのおの自分の妻を美人と思い込むたとえ。】
【注③ 食い付かまほし=くいつきたい。】
【注④ 飽かぬ別れ=嫌になったわけではないのに別れること。別れたくもないのに別れる不本意な別れ。】