翻刻
【左丁】
にあかぬわかれせしか。はしめはあなたこなた
みやつかへせしとぞ。後(のち)にはさまをかへ竹斎
のゆくゑたつねんとてみやこのかたへ上(のほ)りし
か。竹斎世をはやうせし【注①】と聞(きゝ)て。さかのおくに
取(とり)こもりおこなひすまし往生(わうしやう)の素懐(そくわい)【注②】
をとけけるこそ。あはれにいとおしきわさに
や。竹 若(わか)も其 後(のち)家(いへ)とみさかへ。父母(ちゝはゝ)のゆくゑ
たつねに都(みやこ)に上り。此事ともを聞(きゝ)て父母(ちゝはゝ)の
菩提(ぼだい)のためとて。新黒(しんくろ)たにゝていかめしき。と
ふらひせるとこそ。誠(まこと)に恩愛(おんあい)の道(みち)ほとあは
【左丁】
れなるものはなきとて、聞(きく)人袖をぬらさぬ
はなかりけり
第五十がかゝよく心(しん)をかまゆる事
竹斎は猶(なを)ひつはくせるうちにもかたぎ
ぬ夜(よ)きのせんたく、にんとも、たのみをかけし
思ひものは。にらみの介に手をきらるゝ我(わか)
身(み)ひとつの、秋かせに。花(はな)にたいしてねふるお
もひにふしてありけるよしを。此おもひものを
きもいりし。十がかゝといへる。伝(つた)へ聞(きく)。かの女(をんな)の
所(ところ)へゆき。いれじやうね【注➂】せるこそ冷(すさま)じ【「す」の濁点は不要】けれ。のふい
【注① 世を早うする=若死にする。夭逝する。】
【注② 日頃の望み。】
【注➂ 入性根=入れ知恵】