翻刻
【右丁】
つかひといつは【注①】よの義【注②】にあらす。久(ひさ)々かの御
かたを、かゝへをき給ひて只今(たゝいま)何の。風情(ふせい)もな
く其方の御心まかせに。都(みやこ)へ下(くた)られ給ふ事。
かへす〳〵もとゞき侍らぬ次第(しだい)也。其ゆへは
たかきもいやしきも。をんなといへるものは。さ
かりあるものなれは。其 時節(じせつ)すきては、何の
花香(はなか)もなし、されはにやかの人 今(いま)三十に余(あまり)
給へはそれかしをたのみ、使(つかひ)として一 生(しやう)身命(しんめい)
をつなくほとの金(きん)銀を其方様(そのはうさま)に請取(うけとり)申そ
そのゝちみやこへ御 上(のほ)りあらふとも。いかなる淵河(ふちかは)
【左丁】
へ身をなけ給ふとも。すかたをかへさせ給ふとも
貴様(きさま)次第(しだい)也、此事とゝのほり侍らぬうちは、都(みやこ)へ
のほり給へるもがてんまいらぬよしをそれがしに
よく〳〵申きかせとの義也とけになさけなふ
のゝしりけり、竹斎も此事をきゝて、いかなりとも
此人 我等(われら)かありさまをも、心ねよく〳〵しりたれは
いかなりとはおもへともうつろひやすき人の心
の花なれは、いつしか秋風(あきかせ)のふきあへるにやとむ
ねつふるゝはかり也かく思へとも、猶(なを)りんなし【注➂】
の竹斎なれは、進退(しんたい)こゝにきはまりたゝばう
【注① 「いっぱ」=「言うは」の転。「…といっぱ」という形で使われる。…(と)言うのは。】
【注② 「余の義」=ほかの事】
【注➂ 「厘無し」=銭一厘さえ所持していないこと。無一文なこと。】