翻刻
【右丁】
しく。くすりのまんといふ人は、【注①】まさ木のか
つら【注②】くる事まれに。あをつゝら【注➂】おひもの【注④】ゝみ
春秋にかさなれは。在(さい)江 戸(と)のすまゐかなふま
じとて。心しりのにらみの介ちかつけ。われ
そのほうがしることく。身のうへかせがんために
大樹(をゝぎ)のかけに立より。あなたこなた徘廻(はいくわい)す
るといへとも、猶(なを)心にもまかさゝれば、ふたゝび
ふるさとへ立かへり。こけの衣(ころも)に身をやつし
いかなる、山のおくの、おくへもわけ入。世をの
かれんと思ふなり。なんぢはしはし此ところに
【左丁】
やすらひ。いかなる人をもたのみ。立身(りつしん)す
へし。主従(しう〴〵)のちぎりこれまでと。とちほと【注⑤】
なるな■【ミ】たをなかしかたりけれは。木 男(おとこ)【注⑥】と聞(きこえ)し
にらみの介も。岩(いは)木ならねは。此事をきゝ侍り。
おとこなきにぞなきにける。やゝありてなみ
だををさへ、こは口おしき仰(おほせ)事なり。貞女(ていじよ)両(りやう)
夫(ふ)にまみえすとも聞(きこ)えたり。我(われ)忠臣(ちうしん)に
あらずとも。いかてか二人のおやかた。取まいら
せんと。みさほたゝしく申すれは、竹斎よろこ
ばしげなるこは作(つく)りして。さやうに道(みち)を守(まも)る
【注① 「•」は読点「。」は句点と解釈す。】
【注② 「テイカカズラ」又は「ツルマサキ」の異名。蔓が糸のように繰ることができるので、「くる」に掛かる枕詞として用いられている。】
【注➂ 青葛籠(あおつづらこ)の略。衣服などを入れる、「ツヅラフジ」で編んだかぶせ蓋の箱。後の柳行李のようなもの。ここでは「負い」を導く序詞として用いられている。】
【注④ 負物=借金】
【注⑤ 栃程の涙=大粒の涙】
【注⑥ 無骨な男。不粋な男。】