翻刻
【右丁】
もかたりいて。うきをなぐさめ侍べし
我もそのか□は此 里(さと)のならびなる。何がしと
いへるにものゝふかきねやに。やしなはれ。あ
したにはあづまを引。ゆふべにはつくば山
のもとに立(たち)。なにはのうらなみをくみ日
をくらし夜(よ)をあかせしに。所(ところ)の人 多(おほ)くよばひ
わたり侍りけれども。時雨(しぐれ)にそまぬみねの
松(まつ)。心つれなく侍りて。はたちの春秋(はるあき)を独(ひとり)
をくり侍しに。あのをきながふゑのねに思ひ
うかるゝ事ありて。くれたけのをきふし
【左丁】
をもおなじしとねにまくらをならべ其 後(のち)
ひとりの子にをくれ。四十(よそし)あまりの月年を
くらし。今 百(もゝ)とせにひとゝせたらぬつくも
がみ【注①】。かゝるすがたもはづかしのもりてや他(た)
人(にん)にしられんと。めもくれなゐにそふし
しつむ神のなみたももる月に。此世のほか
のあはれなり。ふうふはまれ”人をなぐさめん
と。身のうへをかたりだし。にらみはふうふを
いさめんと。我事をいひ出し。かたる人もきく
人も。なみだにつきはなかりけりやゝあり
【注① 九十九髪=老人の白髪。】