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コレクション: コレクション3

竹斎狂歌物語 3巻 - 翻刻

竹斎狂歌物語 3巻 - ページ 53

ページ: 53

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【右丁】 さかの下(した)つち山や。日もみな口になりしかば 石部(いしべ)どまりと聞えける。にらみ一しゆ  くだ【濁点の位置は誤記と思われる。】り〳〵あしにまかせてふみまよふ   けふからうすの石部(いしへ)とまりに これはちくさいはとはになりとものれるに にらみはかちよりまうする、述懐(しゆつくはい)なるべし 長旅(なかたび)のやつれのうへに、さかやきもそりあ へぬ、やせ法(ほう)し、やせ男(おとこ)、むさくさつにそつ きにける、それよりやはせにかゝり、柴舟(しはふね)に たよりして、湖水(こすい)のなみたゝよえる。越王(ゑつわう)辞(じ) 【左丁】 せしはんれいは【注①】、勾践(こうせん)【賎は誤記】【注②】の代(よ)となり、西施(せいし)【注➂】を我 ものとして世をのがれ、功(こう)なり名(な)とげみ【身】しり ぞきしに、われはいまだとけぬ名に身をしり ぞくこそ口おしけれ、せた長橋(なかはし)見わたせは 石山寺(いしやまてら)のしもく音(をと)に我耳(わがみゝ)かねのひゝ きまて。諸行無常(しよきやうむじやう)の心地(こゝち)して。観念(くわんねん)せる うちにこそふねは大津のうらに付つき侍 るはやみやこのそらもちかしとて、ひとり わらひに【注④】。道(みち)のはかも行やうにこそ思はる れ相さかをうちこえ音(をと)にきゝつゝいへ 【注① 范蠡=中国春秋時代の越王勾践の父の代より仕えた功臣。】 【注② 紀元前五世紀の初めの越の王。】 【注③ 春秋時代の越の美女で、越王勾践は呉王夫差の色好みを知って西施を献上した。呉王はその色香に迷って政治を怠り,越に滅ぼされた。】 【注④ 思い出したり、想像したりしてひとりで笑うこと。】