翻刻
【右丁】
案(あん)しゐたるおりから大(おほ)屋のあるし。をと
つれたり。にらみ待(まち)とりて右(みき)のあらまし
かたれは。あるじのいはく、通(とを)り町の何かし
こそ大 福(ふく)長者(ちやうじや)にて。しかも此ころ京うち
参りあるへきよし。承(うけたまは)るとかたれは。にらみ
よろしき事に思(おもひ)ひ。【語尾の重複】あけなはかの所(ところ)にまか
り。をして出(いで)入申し侍らはやと思ひ。ねよつ【子四ツ】う
しみつ【丑三ツ】のほとも過(すき)行(ゆけ)はひかししらみのはい
出て。かの長者の門外(もんくわい)にたゝすみたり。其(その)
日はたいめんする事もなくかへりけり
【左丁】
またあくる日も。さう〳〵門外(もんくわい)につめかけた
り。門 守(しゆ)あやしやととかむれとも。少もきゝ
いれはこそ。其後(そののち)あるしは。あんだ【注】のりもの
にのり。うへ野のかたへ遊山(ゆさん)に出給はんとするに
門外(もんくわい)にやう有けなる。おとこすご〳〵と立(たち)
たり。長者(ちやうしや)のりものゝうちより。あやしや
たそとたつねしかはにらみの介やかてかしこ
まり。これはやぶぐすしの竹斎 老(らう)のうちに
にらみの介と申すものにて侍なり。ない〳〵
御 前(まへ)に申上たき事。あるといへともたれ【誰】し
【注 箯輿(あんだ)=左右に畳表を垂れた粗末な駕籠。町駕籠として用いた。】