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翻刻
預りの御太刀は日本の名剣。尋出して惟茂卿へ渡たふおもへ共。
家は閉(へい)門とぢめられ譜代の郎等小者迄皆あなどりて逃
はしる一門家は不通なり。男とてはそもじばつかり三年立ば
十 ̄ヲ じやぞや。命をかけ身をくだき御太刀を取出し。父の恥すゝぎ
落書を立て笑はれた。親子の面をぬいでたも。早ふおとなに
したいなふとくどき給へは《割書:アヽ|》かゝさまなかしやんな。何の事其お太刀を取
出して。笑ふたやつらが首ぶち切 ̄ツ てくれうぞ。かゝ様おれは兵じや。
おれは樊噲(はんくわい)長【張】良じやと裙ひつからげかけ出る。いだきとゞめて《割書:ヲヽ|》
出かした〳〵。去ながらなんぼ心が功成共。門は釘付高い声もかな
はぬぞ。思へは妻の帯刀殿子迄けなげに産(うみ)付る。魂すはりし弓
取が其夜にかぎつておくれを取。諸万人の口の葉に。うたはれ給ふ
うらめしさよ。妻子の恥辱は思はずかと歎給へは房若も。かなしそふ
につく〳〵見て。おりや樊噲じやといふ顔に貝(かい)をつくる【注】そ哀成。
《割書:ヲヽ|》道理いとおしや。せめて御身に御 慈悲(じひ)くだり。罪(つみ)ゆるさるゝ為
【注 貝を作る=(泣き出す時の口つきがハマグリの形に似ているところから)べそをかく、泣き顔をする、意。】