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所存(しよそん)を語る迄。しばしなからふ命共。心を隔(へだつる)る高塀(たかへい)の腰板(こしいた)
に刀を当。我家へ我身としてさながら盗賊(とうぞく)の。わざもけや
けき欅(けやき)板めつき〳〵と切やぶる。北の方 障子(しやうじ)を明(あけ)。耳(みゝ)をすまして
《割書:ヤア|》扨は盗人ごさんなれ。閉門(へいもん)の家女子わらべとあなどる共一打に
切とめて房若に手柄(てがら)させ。世上の聞にせん物と。長刀かいこみ
房若にそつとさゝやけば。どつこいやらぬ《割書:アヽ|》高い〳〵合点か。《割書:ムヽ〳〵|》う
なづき押肌(おしはだ)ぬぎ。高からげする足だけ【注①】も九寸五分をするりと
ぬき親子さし足 息(いき)をつめそろり〳〵とねらひよせ待かくるとは
白壁(しらかべ)を一尺余り切やぶり。身をほそめて這(はい)入かたちつらも
頭もひつつゝみ。ちぎれしとふのすかこも【注②】に。只みの虫の蠢(うご)めく
ことく書院(しよいん)をさして忍び入やり過してきたの方。長刀取のべ腰の
つがひをはらりとなげば。うんと計にかつはとふす。房若打物以
ひらいて飛かゝれは。やれ房若なつかしやと。むつくと起(おき)しを能々(よく〳〵)
見れば父の帯刀。《割書:ハアヽ〳〵|》と計に親子の人あきれて。詞もなかりけり。
【注① 足丈=足の高さ。脚のたけ。】
【注② とふの菅薦=スゲで編んだむしろ。「とふ」は「十編・十布・十符」と表記され、編み目が十筋もある幅の広い菅薦。「古くは諸国で産したが、中でも陸奥産のものは「とふの菅薦」とて和歌によまれている」とあります。】