翻刻
ふ《割書:冊使除葆光琉球ニ至ル先ツ徴シテ此|書ヲ閲ス蓋シ其以前国史無キナリ》承応二
年九月尚質国頭王子を遣し将軍家綱の継統を
賀す島津光久琉球使臣を将ゐ江戸に造り礼成
るの後日光に詣し尋て国に還る是歳王舅馬宗
毅正儀大夫蔡柞階を清国に遣し方物を貢し福
臨か即位を賀し前明の勅印を繳還す三年夏尚
質使者を清国に遣し方物を貢し冊封を請ふ清
主尚質に蠎縀六、藍縀二、閃縀二、綿二、紬四、羅四、紗
四、を賜ふ明暦元年清主使者を琉球に遣すの聞
へあり薩摩国老議して曰く琉球は古来我か藩
の付庸たり今韃靼の為に其制度を改め其衣冠
を変せは帝に薩摩の恥辱のみならす大に我か
国体を失はんと人をして江戸に報す時に島津
光久藩邸に在り親ら閣老酒井忠勝に謀り又島
津久茂をして松平信綱に請はしむ閣老諭して
曰清国の使者琉球に来る敢て之を拒むに及は
す他は領主薩摩の処分に任すと九月光久其臣
高崎能乗本多親武を琉球に遣し其旨を諭す二
年春尚質使を発し薩摩に請はしめて曰清主船
を艤し使臣を弊邑に遣さんとす或は其変なき