翻刻
す之を接貢船と称す盖し進貢の船隔年二隻を
発し福州に留ること二年次の貢船交換出入す
るを例とす是に於て一隻を増し毎年船を替へ
役者を継き傍ら通商に便にすと云ふ天和二年
尚貞名護按司を正使とし恩納親方を副使とし
て将軍綱吉の継統を賀す三年清主翰林院検討
汪楫を正使とし内閣中書舎人林麟焻を副使と
して琉球に遣し尚貞を封して琉球国中山王と
為す清主自ら中山世土の四字を書して之を贈
る尚貞か請に応するなり是より正使は必す翰
林院より選出するを例とす元禄元年向煕を国
相とし毛国瑞を法司とす尚貞耳目官毛起龍等
をして清国に入貢せしめ貢船の定員を増し関
税を免さんことを請ふ清主許して五十人を加
へ二百人を以て定数とし接貢船貿易の税を免
す《割書:五事略曰康煕三十七年巡撫官張中挙一概ニ|蠲免セシカハ其国ノ人彼徳ニ感シテ今ニ至》
《割書:ル迄コレ|ヲ祀ルト》二年尚弘才向煕に代りて国相となる
四年尚巴志尚円の二霊を祀る是より先き舜天
英祖察度尚質の四王人民に功徳あるを以て礼
を備へて之を祀る此に至り二王を加ふ始めて