翻刻
横目総奉行とす万延元年尚允譲を国相とす文
久二年向有恒《割書:宜野湾|親方》を法司とす八月仏船来り
前きに留めし所の人員を尽く乗せて去る初外
国船の琉球に来るや薩摩藩主島津斉興藩吏数
十名を遣し輪番那覇に駐在せしめ士族二名を
以て琉人に扮し応接毎に必す其座に参して情
実を探らしめ別に兵士を大島に発し以て非常
の変に備ふ幕府西洋各国と条約を結ふに及ひ
始めて戒厳を解く慶応二年《割書:清同治|五年》清主冊使翰
林院検討趙新及編修子光甲を遣し尚泰を封し
て琉球国中山王と為す慶応三年将軍徳川慶喜
政権を奉還し 皇政古に復りしより百度維新
明治四年諸侯版籍返上の事あり七月十四日藩
を廃し県を置かる是に於て琉球始めて島津氏
の所轄を離れ鹿児島県の管下に属す五年正月
鹿児島県は其貫属奈良原幸五郎伊地知貞馨の
良名を琉球に遣し該地政事上時勢適当の改革
を為すへき旨を伝えしむ琉官乃ち其命を奉し
政革する所あり従前島津氏より琉球政府に貸
出したる負債金五万円は此改革に際し特に棄