琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: 琉球大学所蔵 琉球・沖縄関係資料 vol. 1

南島紀事 下 - 翻刻

南島紀事 下 - ページ 42

ページ: 42

翻刻

為め少壮の輩十名余出京致さすへし云々尋て 三月三十一日琉官池城与那原幸地三名を呼出 し大久保内務卿説諭せられて曰く今般征蕃の 原由は明治四年其藩管内の島民六十余名台湾 島へ漂流土蕃の為めに殺害せられ其残暴を極 めたる始末 聞食され人民保護上捨置き難く 政府の義務たるを以て終に談判の為め公使を 清国に差し巨万の国費を出し問罪の師を出さ るゝに及ひ幾多の将士身を瘴烟癘霧の中に投 し尸を絶域に暴せしもの鮮なからに其際に当 り清国政府意義を生しけれは更に弁理大臣を 発せられ弁論の末幸にして和議に決し征蕃の 事清国も亦認めて義挙となし将来蕃民を化育 し航客の安寧を護すへしとの旨を盟ひ彼国よ り撫卹銀両を差出たる都合に到れり此間 聖上深く叡慮を悩まされ政府大臣諸公の苦心 如何はかりならんか是れ偏に其藩管内人民の 為めに起りたる一事なり斯くまて其藩の為め に尽され斯る好結果を得たる事は藩王及ひ各 員は如何心得られしかと問はれしかとも琉官