翻刻
又先年台湾島へ漂流惨毒に罹りたる難民六十
六名の内殺害に遭ひたるもの五十余名の家へ
一家毎に三十石生還を得たるもの拾二名へ一
家毎に十石合せて千七百四十石を賜はる云々
又其藩堅牢の船無之往々風浪の難に遭ひ物産
等沈没せしめ憫然の至りに依り人民保護の為
め特別の訳を以て蒸気船一艘下賜せらるゝに
依り将来航海の道に熟達し海路災難を免るゝ
様注意すへし云々相達せられたれは在京藩吏
は一応の書面を以て藩王に相達すへしと申出
後撫卹米の事賜船の事共藩王の意を以て三司
官より恩賜拝謝の旨を表したり是に於て政府
は琉球処分に就き廟議を立られ官員を派し直
に藩王に諭さしむる所あらんとす盖し琉球の
国たる地勢人種風俗言語現状は勿論之を古史
に徴するも我か版国たること論を待たす中古
国主自ら民の冊封を請ひ継て清国に通するも
常時政権武門に帰し兵馬草々の際遐方綏撫す
るに遑あらす措て問はさる此に五百年今や
皇政維新百事改良の今日に至り曖昧の姿を存