翻刻
するか如きは本朝の国体に於て最も等閑に付
すへからすと漸次改良の廟議に出て明治五年
国主を藩王に封するの際会ま征蕃の事起りし
か談判の末清国も亦我か政府の義挙と視認め
若干の銀両を我に償ふに至れり然は即世人の
所謂両属なるものは業に巳に其実なきに帰し
たり今にして名分条理を正さゝれは何れの時
か国権を恢復せんと今回三司官以下枢機の官
吏を召し内務卿をして庿謨の在る所を説諭せ
しめられたるに藩吏頑固陳情百出悉く命を奉
するに至らす依て此に一議あり五月十三日内
務大丞松田道之に琉球藩差遣の命を下された
り松田大丞は廟議の在る所を領し六月十二日
副官内務省六等出仕伊地知貞馨随行官中田鴎
隣種子島時恕河原田盛美等と大有号《割書:今般下賜|ノ蒸気船》
に搭し横浜を発し七月十日琉球那覇港に着し
十四日首里城に入り藩王代聴人今帰仁王子及
ひ摂政伊江王子三司官浦添親方池城親方富川
親方等を召し琉球藩への達書を宣旨せり又四
条の命令を伝へて曰藩内一般明治の年号を奉