翻刻
【右頁】
帝(みかと)五弦(ごげん)の琴(こと)を造(つく)らせ給ひて南風(なんふう)の薫(かほり)兮【注:語勢を強める助辞。一行目から二行目「解く」までは『十八史略』巻一 太古・三皇五帝の「南風の詩」からの引用】わが民(たみ)の慍(いきどを)りを
解(と)くとの玉(たま)へり凡(おほよ)そ礼楽(れいがく)の教(おしへ)は陰陽(いんやう)を和順(わじゆん)し気血(きけつ)を調和(てうくわ)
して民(たみ)の視(み)聴(きく)を易(か)へ邪曲(よこしま)なる心(こゝろ)を退(しりぞ)け正直(すなほなる)に移(うつ)らしむる
道(みち)也と聞(きこ)へぬしかるに悪(にく)むべきは耳(みゝ)を乱(みだ)り目(め)を奪(うば)ふの伎(わざ)
ならめしかれども世(よ)の玩(もてあそび)と成(な)り来(きた)る事(こと)久(ひさ)しく絶(た)へて見(み)聞(きゝ)せ
ざる事(こと)のなりがたければ古(いにしへ)の教(をしへ)を心(こゝろ)に心得(こゝろえ)て須臾(しばらく)も心(こゝろ)を放(はな)【左に「トリニガス」と傍記】つ
べからす
形(かたち)に暇(いとま)あれば心(こゝろ)に思(おも)ひを生(しやう)ずるものなれば織(を)り縫(ぬ)ふ事(こと)はいふも
更(さら)なり朝(あさ)け夕(ゆふ)けのものまでに心(こゝろ)を用(もち)ひて形(かたち)に暇(いとま)なかるべし
聖人(せいじん)四(よつ)の教(おしへ)に婦功(ふこう)婦徳(ふとく)を立(たて)玉へり此(この)ゆへに視(み)る事(こと)聴(きく)く事(こと)に心(こゝろ)
【左頁】
を用(もち)ひ言(い)ふ事(こと)動(うご)く事(こと)に敬(つゝ)しみを加(くわ)へ我(わ)が気(き)の儘(まゝ)にせず己(おの)が心(こゝろ)
に思(おも)ひを止(とゞ)むべからず
嘗(かつ)て聞(き)く女(をんな)とは己(おの)れむなしと云(い)ふ訓(おしへ)也と常(つね)に己(おの)れを虚(むな)しく
して仮(かり)にも世(よ)の善悪(ぜんあく)を云(い)はず人(ひと)の是非(ぜひ)を語(かた)らず物(もの)ごと争(あらそ)ふ
心(こゝろ)なく専(もつは)ら内(うち)を守(まも)るべし女(をんな)の名(な)の上(うへ)にかの字(じ)を冠(かふむ)らしむる
事(こと)其(その)始(はしめ)を知(し)らず其(その)由(よし)を分(わか)たずと云(い)へども世(よ)に賢(かしこ)き人(ひと)の語(かた)られ
しに陽(を)に従(したが)ふと云(い)ふ義(ぎ)【左に「コヽロ」と傍記】也とありしがむべさもあるべき事也
聖人(せいじん)の教(をしへ)にも三(みつ)の従(したか)ひ《割書:家(いゑ)に有(あ)る時(とき)は父母(ふぼ)に従(したが)ひ嫁(か)しては|夫(おつと)に従(したが)ひ老(おい)ては子(こ)に従(したが)ふ》と云(い)ふ事
あれば思(おも)ひあわせて己(おの)れをむなしくするこそ女(をんな)の道(みち)と知(し)るべし
しかも且(かつ)【左に「ソノウヘ」と傍記】幽玄(ゆうげん)の道理(だうり)【左に「コトワリ」と傍記】ある事(こと)ならんなれとも偏(ひとへ)に道理(だうり)に