翻刻
【右丁】
徳兵衛直に物語追加
一難船の極窮は揖破れ候を際と致候由夫よりは十か十死するものと覚
悟致候に依て帆柱を切捨髪を切払ひ命を神明に任せ候よし揖
破れ候へ者必碇を下ヶ風に任せ流れ候様にいたし候定法にはしかる処此度
は碇弐挺下し候処如何致候哉碇の上江突立上り候と見へ候時忽に
表の梁真中ゟ折れ候故船腹江割込夫ゟ水入候趣に候《割書:尤碇綱を|表の梁江》
《割書:結に付船を跡すさりに流候処碇突立候岩石江引懸|候へ者風強き故留り不申引放し候節突立たるなるへしと云》
一難風に逢候時は一同必死と相働候事故日柄立候に随ひ身心
労れ果碌々食事も不致大病人の如く相成候然処次第に波風
打続終には沈没いたし候由然るに此もの共は運命強く一人も
【左丁】
怪我なく助り候事一に地神明の加護なるへし
一人は万物の霊長なれとも常には其神霊曽て知れは人我共
に心欲に奪るゝ故也と云り其私欲を捨て無我心の正体となる
時は神霊顕るゝと実成る哉難船窮死の者共助ヶ船か又は
島に而も有之退候哉否哉と元船は忽破れ沈み候よし兼々承り
且は還海異聞又は白子之船子其外難船存在ものゝ物語に
顕然たり此度徳兵衛も伝馬船江移哉と直にも元船は四方江開
き散乱せし由是其霊の離るゝ故也と云り
一北亜米利加合衆国の内/墨西可(メキシコ)部中加利波尓泥亜の一府港
サンフランシヽコウ江入津して十三ヶ月程滞留中所々致見物