翻刻
【右丁】
なり候様いたし扨寺江之弔ひは同様に致すよし右寺と云とも
妻帯に而俗人なる由《割書:伝へ承るに此寺といふは中華に而は教導館日本の学校|所と云類の処なる由勿論寺主は博識なるよし》
一人我常に柔和を先とする故に喧嘩意逆ひ又は討合切合
抔いふ事二年余之内一度も無之誠に温和にて気も長く乍去な
す業は何事に不依急速なるよし
一武術の稽古と云事無之只拳を以て相互に眼鼻の間を打合
手練の稽古は折々致す由其外武芸修行は見たる事なし
一船中に而は船軍陸戦の調練大体月に三度又は六度と定規
有之其日に至りては先船軍調練之次第は敵も船中之積にて最初
に大炮を発し船を縦横前後へ押廻〳〵数百発打払《割書:玉は帆綱 |の古きを》
【左丁】
《割書:□【能ヵ】ほとに引切木の如く|堅き物を用ゆると也》扨敵船近寄大筒に及はぬ頃合には一同小筒を
三行に立並へ順々に透間もなく打出し其間には両方ゟ焼討の
道具を打掛此方江も打込れ帆綱帆柱に焼付たるを打消す役
のものは竜吐水の如き仕掛のものにて水を懸て是を消し兎角する
内に敵人掛け鈎を引懸船中へ乗入らんとする時は又鑓の役の者
小筒の袖の下ゟ鑓にて突落す其内に一番乗二番乗の敵人飛入
候時は剱を以て是と戦ひ次第に敵人船縁に取附乗入らんとする時は
蒸気釜の熱湯を柄の長き柄酌にて頭上ゟそゝきかくるケ様の
乱軍には手負も多きゆへに外療医は治療の用意致居由
弥敵を追退け軍を治る時礼法に至迄は稍二時余も掛り