翻刻
朝より雨降出候付ぬれ〳〵参り候扨支度後岩吉義は火車船
江帰り度と申に付とふなりとせよとて追返し申候夫ゟ残八人の
もの城下を立出凡壱弐丁も行少し山坂道有之処江掛り候処後ゟ
大石壱つ投候付振返り見候処土地之者申合盗賊を致すと見へ六七
十人計り鑓棒鉄砲の類を手に〳〵持来りテヤウ チヤ〳〵〳〵と申て
八人のものを取巻むたいに日本金銀亜米利加銀金は勿論頭巾
衣服迄剥取めりやすの襦半壱つに致し突放し候間其処を
逃去り壱弐丁も先江行候処又候後ゟ十四人計取て返し若し取残
しの品は無之哉と身の内を探り見て帰り申候《割書:徳兵衛云々此時之次第難船之|時に十倍して驚怖更に生たる》
《割書:心地無之夢の如くに存し先一人江四五人に而取巻左右ゟ棒を股江突込十文字にいたし|鉄砲の筒先を脇腹江しかと当て火ふたを切て今やはなつ計に致し一人は剱を抜咽喉》
《割書:江当かい一人は帯剱をとき剱のとけ兼候処有之候へは剱に而|すら〳〵と切さき申候其節は魂も消へ目も見えす夢中に御坐候》右之次第故跡へも先へも
行兼候得共跡へ戻り候はゝ殺されんも計られす先へ行きて見んとて濡
鼠の如く相成凡壱里計も参候処六月頃に候得共あまりあたまぬれに
相成候故少し休息致度唐人の家之軒下にたち寄候へはしゝ〳〵と申て
追出し候故情なく其処も立出向之方を見請候処庄屋共覚敷
家有之候に付其家へゆき門を明て内に入候処唐人出会候故地上に
杖を以我等日本国の者に而此跡の山中に而盗賊に衣服を取られ致
難義候間香港迄送り被下香港には亜米利加より火車船来り罷
在候間何分夫迄送り可被下様にと書付相頼候処頭を振り承知
不致其内に茶を飲せ又飯を焚て喰せ候に付漸人心地付又