翻刻
ユキと云所ニ家数八百軒程有之
シンユリンと云所ユキと云所と取合致軍《割書:チウテリ|ト云》候波丹
より五十里程海上御座候牛馬五穀も御座候由テイランと
申所波丹ゟ海上六十里程御座候爰に弓鉄砲金銀
珊瑚珠其外鏡瑋なとも御座候由波丹之者共鶏ぶた
を持参致彼所江行鉄類幷珊瑚珠其外道具と替
参り申候南京江参り候時三日■山見へ不申候四日目ニ山見へ
申候五日目ニハ大山見へ申候カナヤと申所波丹ゟ弐十里計も
御座候スナヤと申所ニ牛馬無之候由人能く隠るゝ事を得て
見へ難く申事ニ候
波丹之数言葉
一アツサン二ロウハ 三アツト 四アツハツ五リンマン六アンネン七ヒツト
八ナリコ 九セイアン十ホウカン
波丹之者畑江行時分の小歌
ちやられんあうりやまかりやよつこりや
流船之人数在所改書 戊申十一月難船庚戌九月十九日帰国
一船頭 治郎兵衛 小野浦出生波丹ニ而死《割書:日本寛文九己年|三月頃》
一西口村 長二右衛門 一西口村 七兵衛
一大草村 三蔵 一大草村 六右衛門
一森村 六蔵 一森村 伝左衛門